「良いところを、覚えていたい」 Ⅰサムエル31章

<前回のあらすじ> イスラエルがペリシテとの全面戦争に入ろうとする時、ダビデは危機一髪で、その戦いに加わることを免れました。つまりイスラエルと戦わなくて済んだのです。しかしツィケラグに戻って来ると、そこには目を疑う光景が広がっていました。なんとアマレク人により町は火で焼きはらわれ、女と子どもたちは一人残さず連れ去られてしまっていたのです。ダビデと部下たちは600人でアマレクを追いかけましたが、途中で200人が脱落してしまいました。しかし残りの400人と共に、ダビデは勝利しました。しかもその後が大切で、ダビデは戦利品を一緒に戦えなかった200人とも一緒に分かち合い、それをイスラエル(神の国)の掟としたのです。

今日の箇所は、いよいよペリシテとイスラエルの全面戦争です。しかし、その結果は、あまりにも圧倒的でした。イスラエル人は、ペリシテ人の前から逃げ(1)、ギルボア山で刺し殺されてしまいました。ヨナタンを始めとする、サウルの子供たちも打ち殺され(かろうじてイシュボシェテは生き残ったようですが…Ⅱサム2:8)、サウル自身も敵(射手)たちの標的となり、瀕死の重傷を負ってしまいました(4)。そのまま見つかれば、さらに辱めを受け、なぶり殺しにされるところです。◆そこでサウルは、自分の道具持ち(秘書)にこうお願いしました。「おまえの剣を抜いて、それで私を刺し殺してくれ(4)」。敵の手に落ちるよりは、誇り高き死を選んだのです。しかし道具持ちにそうすることはできず、結局サウルは自らの剣の上にうつぶせに倒れ、自害したのです。それを知り、イスラエルの人々は、(神様から譲り受けた)自分たちの町を捨て、町はペリシテ人に占領されてしまいました。

悲惨なのはこれからです。サウルの遺体の首は切られ、ベテ・シャンの城壁に「さらしもの」にされました。また武具も剥ぎ取られ、アシュタロテ(偶像)の宮に奉納されました。しかも12節を読む時、ヨナタンをはじめとする、3人の息子たちも同じようにされたようです。当時は、たとえ戦争に負けても、王と王子の遺体は連れて帰るのが普通でした。そうできないほど、イスラエルは壊滅的な打撃を受けたのでしょう。◆この最期から、何を学ぶことができるでしょうか?サウルは、神様の恵みによって、イスラエルの初代王に選ばれました。ですが主の時を待てず、自分の判断と、自分のやり方で、生贄をささげたり、聖絶のものを自分のものとしたりして、祝福を失い、王位から退けられ、後継者のダビデをねたみ、罪に罪を重ねて、最期には悲惨な死を遂げてしまいました。それはまさに坂道を転げ落ちるような後半生でした。恵みにあずかっても、そういう最期を遂げるな、という戒めです。

しかしこの最期には、主の恵みも見ることができます。ヤベシュ・ギルアデの住民は、サウルに対する仕打ちを聞き、勇士たちが立ち上がり、命がけで敵地に乗り込み、サウルとその息子たちの遺体を城壁から取り外し、丁寧に焼いて葬ったのです。そして7日間断食をし、その死を悲しみました。彼らは、サウル一族の「尊厳」を取り戻したのです。ヤベシュ・ギルアデは、かつてサウルが王になってばかりの時に、主によって奮い立ち、アモン人から救い出した町の人々でした(11章)。◆私たちは弱い者です。一方的な恵みによって救われ、喜んで主に従い、教会生活を送り、証しをしていても、何らかのきっかけで、サウルのようになってしまうことも、ないとは言い切れません。もちろん、あってはいけないことですが、完璧な人はいません。そんな時、私たちもその人の良いところを覚えていたいものです。輝いていた、その人の姿は本物なのです。何よりも主ご自身が、そのことをご存知なのです。