「アブネルとヨアブ」 Ⅱサムエル3章1節〜39節

<前回までのあらすじ>
前回の箇所で、ダビデはいよいよイスラエルに帰還しましたが、いきなり全イスラエルの王になったわけではなく、自分の出身であるユダ族の王になりました。一方、サウル陣営の将軍アブネルは、サウルの息子イシュ・ボシェテをかつぎ出し、ユダ族を除く全イスラエルの王としました。そんな中、両陣営に偶発的な衝突が起こり、その中で、ヨアブの弟アサエルが死んでしまいました。

将軍アブネルは、サウルの家で、勢力を増していきました。そんな時、イシュ・ボシェテは「あなたはなぜ、私の父のそばめ(リツパ)と通じたのか」とアブネルを非難しました。当時、先王のそばめが、次王の所有とされることは珍しくありませんでした。しかしアブネルは王ではなかったので、その非難はある意味当然のことでした。しかしアブネルは、それを聞いて激怒してこう言いました。「私はあなたの父上サウルの家…に真実を尽くして、あなたをダビデの手に渡さないでいるのに、今あなたは、あの女のことで私をとがめるのですか。」つまり「誰のおかげで、王でいられると思っているのか?」と反論したのです。◆あなたはこれを読んで「アブネルは本当に横暴だ」と思うかもしれません。しかし彼にも言い分があったかもしれません。そもそも軍や国の統率については、アブネルの方が上です。かつぎ出してはみたものの、未熟なイシュ・ボシェテに仕えることは正直大変で、うんざりしていたのかもしれません。何よりアブネルは、神がサムエルを通して「ダビデが次の王になる」と語られたことを知っていました(9、18)。長引く戦乱の中で、彼自身、ダビデこそが人格的にも能力的にも王に相応しいと認め、自ら協力を申し出たのです (12)。

それを面白くなく思ったのが、ダビデ陣営の将軍ヨアブでした。彼は、ダビデがアブネルを受け入れたことを聞いて、「スパイに来たのに、お気付きにならなかったのですか(25)」とダビデを非難しました。そしてアブネルを騙し、自分勝手な判断で殺してしまったのです。表向きの理由は、弟アサエルの仇(かたき)でしたが、このまま国が統一し、その立役者がアブネルということになれば、自分の立場が危ういという危機感と嫉妬もあったかもしれません。◆でも、ダビデが目指していたのは、「神の民イスラエルの統一」というもっと大きなビジョンでした。妻のミカルを取り戻そうとしたのも、サウルの娘の婿という王位継承者としての資格を確かめ、平和のうちにダビデ家とサウル家を統一するためでした。アブネルの存在は確かに厄介でしたが、統一のためには、彼の力がまだまだ必要でした。しかしヨアブは、そんなダビデの気持ちを全く理解せず、ただ自分の思いだけで、暴走してしまったのです。

その後のダビデの対応はお見事でした。アブネルの死によって、イスラエルの長老たちは「やっぱりダビデは武力による統一を目指し、攻撃してくるかも」と警戒したでしょう。しかしダビデは「今日、イスラエルで偉大な将軍が倒れた」と、声を上げて泣き、国全体でその死を悲しんだのです。それによって民は、このアブネル殺しの一件が、王から出たことではないことを信用し、シコリを残さずに済んだのです。◆ダビデには、神の家(国)建設のビジョンがありました。そのためには、小さな違いを乗り越える勇気がありました。アブネルもくせ者ではありましたが、全体を見る目がありました。しかしヨアブは自分しか見えませんでした。あなたはどうですか「自分はこうしたい」「こうしたくない」と自分の気持ちばかりにこだわっていませんか?神の国を建て上げるために、乗り越えるべき違いや、協力すべき人はいませんか?そういう大きな視点でものを見、行動することができますように。