『ソロモンの油注ぎ 後編』 Ⅰ列王記1章32−49節

<前回までのあらすじ> 
前回はアドニヤの謀反に際し、賢くふるまったバテ・シェバから教えられました。背後には預言者ナタンのアドバイスがありましたが、まさに見事でした。彼女は緊急の事態にも感情的になりすぎることなく、ソロモンの正当性を訴えるためにアドニヤの悪口を言うこともなく、ただ冷静にダビデが立てた「誓い」に訴えました。そして加齢からか、状況を把握できていないダビデに、事態の深刻さと、国民の目が今まさに王に注がれていることを告げたのです。さて、どうなるのでしょうか?

バテシェバとナタンの言葉を聞いて、ダビデは長い眠りから目覚めたように、具体的な指示を三つ出しました。

第一は「私の子ソロモンを、私の雌ろばに乗せよ!」でした。雌ろばは当時、王や王子が乗る動物でした(Ⅱサム13:29,18:9)。しかもダビデの雌ろばにソロモンが乗るということは、正式な王の交代を意味しました。(注:新改訳第3版は雌騾馬と訳されている)。
第二に、祭司ツァドクと預言者ナタンに「ソロモンに油を注げ!」と命じました。これはイスラエルにおける、王の即位の儀式です。39節には、祭司ツァドクが「天幕」の中から油の角を取って来てソロモンに油を注いだとありますが、このことからも、ソロモンこそ正統な、神と人によって油注がれた王であることが分かります。
そして最後三番目に、「角笛を吹き鳴らし、『ソロモン王、万歳』と叫びなさい!」です。ソロモンが王となった事実を、内外に向けて、すべての者が知るようにしなさいとの命令です。実際にこのときツァドクとナタンが角笛を吹くと、「民はみな、笛を吹き鳴らしながら、大いに喜んで歌ったので、地がその声で裂けた(40)」とあります。この雄叫び(おたけび)を、近くにいたアドニアたちも聞いたので、ソロモンが正式に王として任命されたことを知り、アドニア自身もその客も、身震いして立ち上がり、それぞれ帰途につきました(49)。 これら三つの指示に続いて、ダビデはこう言いました。「彼は来て、私の王座に就き、私に代わって王となる。(35)」

このとき大きな役割を果たしたのが「クレタ人(第三版以前 ケレテ人)とペレテ人」でした。クレタ人もペレテ人も、元はペリシテ人でしたが、ダビデの時代には親衛部隊として活躍していました。本日の箇所にはこうあります。「・・クレタ人とペレテ人が下って行き、ソロモンをダビデ王の雌ろばに乗せ、彼を連れてギホンへ行った(38)」。アブシャロムの謀反のときもそうでしたが、彼らはこの混乱の中にあっても、しっかりダビデに寄り添い、その子ソロモンへの体制の移行を支えたのです(Ⅱサム15:18)。

アドラムの洞穴でもそうでしたが、ダビデの元にはいつも「この世の取るに足りない者や見下されている者」が集まってきました。まだダビデも彼らを積極的に用いました(参:1コリ1:28)。神の国におけるリーダーにおいて大切なのは、部下を選り好みすることではなく、まず神様と部下に選ばれる者となることではないでしょうか?

このアドニアの謀反の何が間違っていたのでしょうか?彼には彼の計画があったでしょうし、ダビデが年老いた今「このままではいけない」という正義感もあったでしょう。しかし残念なのは、彼が自分で自分を推薦する者であり(5節、Ⅱコリ10:18)、本当にその考えが主から出たことなのか吟味する姿勢に欠けていたことです(箴言16:2)。

「揺り起こしたり、かき立てたりしないでください。愛が目ざめたいと思うときまでは(雅歌2:7)」。これは恋心を詠った詩ですが、ことを急ぎすぎてはいけないという点で、その他の事にもつながります。焦って自分自身の熱意だけで突っ走ってはいけません。時がきたらちゃんと分かるのですから、主の前に静まり「その時」を待ちたいものです。